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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1138号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(本件特許発明の技術的範囲)

二本件特許発明の特許請求の範囲は「バットの表層に合成樹脂又は之と同効物質を含浸せしめ、該部に外圧を加える事実により、バット表層の木質を圧潰すると共に含浸した合成樹脂により表層木質を固着硬化したることを特徴とするバット」である(前記当事者間に争いのない事実)。このことに……「発明の詳細なる説明」の項の記載を参酌すれば、本件特許発明のバットは、

1、その表層部に合成樹脂(これと同効の物質を含む、以下単に合成樹脂という)が含浸されていること

2、右表層部は外圧により圧潰されていること

3、含浸された合成樹脂によつて、右圧潰された本質部が固着硬化されていること

以上三つの要件を具備することを特徴とするものであるということができる。

三本件特許発明の技術的範囲をどうみるかに関し、まず前記特許請求の範囲にいう「表層(部)」の解釈について争いがあるので、この点について検討する。

特許公報の発明の詳細なる説明の項によれば、本件特許発明の効果として公報に示されていることがらは、バットの打球部の表層に合成樹脂を含浸せしめ該部の木質を外圧により圧潰した場合、圧潰された木質はその状態のまま固着安定されているので、打球部の硬度は著しく大となり、良好な反撥力を維持し、快音を発することができるし、また単に導管に合成樹脂を注入硬化したにとどまるものに比し、打球による木目剥離が著しく防止され、そのためバットの耐久力が増大すること、さらにまた、バットの打球部以外の部分例えばグリップ部をも同様の方式で強化した場合、バットの折損を防止できる効果が著しいということである。

そして、右公報の図面中に本発明の実施例として示されている第一図(打球部横断図面)をみるに、バットの外周面から中心に向う、ある程度の幅(深さ)をもつた部分(図示されているものは、部分的に判然としないところもあるが、おおよそ半径の長さに対し七分の一前後の比率と認められる)において合成樹脂が含浸され、木質部が圧潰された状態を表わしたものと認められるように図示されているのである。

元来、バットの打球に際しての反撥力を増大し木目剥離を防止するには、打球部を硬化するのが効果的であることは容易に理解できることである。この場合、外周面に接続するきわめて薄い範囲のみを硬化したのでは、たいした効果を期待しえないことは明らかであるが、同時にまたその硬化する範囲を中心に向つて深くすればするほど、その深さに比例して右の効果を増大できると断定できるものでもない。また、よしんば相当深部にまで合成樹脂を含浸させたうえ外圧を加えても木質部の圧縮ないし圧潰される程度は(外圧の強さや、そのかけ方にもよろうけれども)必ずしも一様でなく、外周側のある範囲をこえた深部では、外周の側ほどには圧潰されないのが通常であろう。さらにまた、比較的比重の大きい物質(合成樹脂など)を打球部に含浸せしめる場合、あまりに深部にまで含浸せしめるときは、バット全体として重量を増すほか、打球部の方とグリップ部の方との重さのバランスが悪くなり、一般的にいえば、かえつて使用しにくくなり、あるいは特別の調整を必要とする場合を生ずることも、考慮に入れられなければならない問題である(<証拠>によれば、特許第一八二、六四一号の明細書にも、同発明のバットは、打球部の断面中央部を除き外周部のみに硬化接着剤を注入し該部を硬化したものであるから、比較的比重の大きい硬化接着剤を注入しても、バットの重量およびバランスを著しく変化せしめることがないという記載のあることが認められる)。

本件特許発明も、以上のような点を考慮し、それを前提としてなされたものと解される。したがつて、そこにいう「表層(部)」という言葉も、ある程度の幅をもつたものとして理解すべきであり、またこれを特に外周面にごく近い層と限定して解すべきものでもない。

四控訴人は、本件特許の公報に、実施例として、表層木質をロールで押圧し圧潰する方法ならびにロールの摩擦熱および表層組織の圧潰歪に伴う発熱のため含浸された合成樹脂が硬化される旨の記載があることからみても、本件特許において予想されている「表層」とはロールによる押圧で木質部の組織破壊が生ぜしめられる程度の深さ、そしてまた、右摩擦熱および圧潰歪に伴う発熱が伝達されて樹脂硬化が生ぜしめられる程度の深さを指し、結局本件特許発明にいう「表層(部)」は文宇どおりバットの表面にごく近い周縁部をいうものと解すべきだという。しかしこの点については、本件特許発明の公報に控訴人主張のような実施例が記載されていることは認められるけれども、本件特許発明においては、バット(合成樹脂を含浸せしめたもの)に外圧を加える方法自体は発明の要旨以外のことであり、何らの限定もなされていないのであるし、また右公報……には、ロールによる押圧方法を用いた場合、バット打球部の直径は一〜二ミリメートル圧減されるとも記載されているが、そのことは、右外圧により木質の圧潰された部分が打球部直径において一〜二ミリメートル(半径において打球部表面から0.5〜1ミリメートル)の範囲(深さ)にとどまることを意味するものでないことはおのずから明らかである。むしろ、打球部の直径が右の程度に圧減されるためには、木質圧潰の範囲は外周面から中心に向い数ミリメートルの深さにまで及んでいるはずであり、このことは公報第一図に図示されているところとも照応するものといえる。

五次に控訴人は、被控訴人の有する特許第一八二、六四一号(前出)・同第一八二、六四二号・同第一八二、六四三号(以下便宜上右の順にA特許・B特許・C特許という)の特許権の内容と対比しても、本件特許発明における「表層(部)」は前記のようにせまく(A特許の明細書にいう「外周部」よりもさらにせまく)解されるべきであり、しかも合成樹脂の含浸・木質の圧潰が行なわれている部分は右表層部のみに限定され、右加工の範囲が右表層部よりも深部にまで及んでいるバットはもはや本件特許発明の技術的範囲に属しない旨主張している。しかし、この主張は、次に述べる理由により失当といわねばならない。

前記A特許の明細書、B特許の明細書およびC特許の明細書によれば、被控訴人はこれらに記載された内容の発明につきそれぞれA・B・Cの特許権を有していたこと、その出願日や特許された日は同じであり(いずれも昭和二四年五月六日出願、昭和二五年三月三一日特許)、特許請求の範囲はA特許の分が「真空加圧等の作用によりバットの外周部のみに硬化接着剤を注入したるを特徴とする野球バット」であり、B・Cの特許は、右「外周部のみの」ところがそれぞれ「任意の部分」・「中心部」となつているほかは全く同一であることが認められ、なおそれぞれの明細書の記載内容を対比すると、いずれもバットに硬化接着剤を注入することによりバットを部分的に硬化したものであり、かつ右以外の硬化手段を施したものでないという点で共通しており、ただ硬化接着剤を注入し硬化する部分が前記のように異なつているにすぎないことが認められる。本件特許発明は、これら先行特許発明を次の点で改良したものであつて、すなわち合成樹脂(この場合合成樹脂は一種の硬化接着剤として用いられているわけである)をバットの表層部に含浸させるだけでなく、外圧を加えて右含浸部分の木質を圧潰し、加圧・圧潰の際に生ずる熱と相まつて圧潰された木質部をそのまま固着硬化せしめ、これによつて先行特許のものに比し一層よく反撥力を増大維持し耐久力をも増大せしめるようにしたものであり、この点に特許価値を認められたものと解されるのである。したがつて、右のような先行特許発明が存在するということは、本件特許発明における「表層(部)」を控訴人主張のようにA特許発明における「外周部」よりも薄い(浅い)層の趣旨に解さねばならぬという論拠とするに足りないのである。右A特許の明細書の発明の詳細なる説明の項の記載全体の趣旨特に同発明のねらいとしている作用効果と対照して考えると、右の「外周部」も、要するに中央部に対応する外まわりの部分ということに外ならず、これまたある程度幅をもつた概念として理解すべきであり、このことは本件特許発明における「表層(部)」の解釈とも共通するものがあるといえる。

次に、本件特許発明において、合成樹脂の含浸・木質の圧潰のなされた部分が、表層部といえない程度の深部にまで及んでいる場合には、もはや本件特許発明の技術的範囲に属しないという主張については、次のように考えられる。本件特許発明における表層部は、前記のように幅のある概念であり、特に外周面にごく近い薄い層という趣旨に限定しえないことは前述のとおりであるが、同時にまた、甲第一号証の一の公報の記載全体の趣旨や前に三の項で説示した諸点を考慮すれば、同公報にいう表層(部)として、すなわち合成樹脂を含浸せしめ木質を圧潰する部分として予定されている範囲には、おのずから限度があり、あまりに深部にまで及ぶものは、通常の実施態様としては予定されていないものと考えられる。しかしながら、右のような意味での表層部を含み、さらにこれよりある程度深部にわたつて前記の硬化手段を施したバットであつても、反撥力の増大維持・木目剥離の防止等全体の効果において本件特許発明のものとの間に本質的な差異が認められないような場合には、そのバットに具現されている技術的思想は、本件特許発明のそれと共通するものといえる。したがつて、前記の趣旨における表層部をこえて、さらに深部にまで前記の硬化手段を施してあるからといつて、それだけでもはや本件特許発明の技術的範囲に属しないものとするのは妥当でないというべきである。このようなバットでは、重量やバランスが通常のものとある程度異なるため、使用者の側における条件がそれだけ制約を受けることは考えられるけれども、それだけでは右の結論を左右するものではない。

控訴人は、本件特許発明の公報中、バットの打球部の表層に合成樹脂を含浸せしめる方法を説明した部分に、浸透性の悪い合成樹脂を用いる場合には前記特許の明細書に記載されている方法により打球部の表層のみに合成樹脂を注入することもできる旨の記載があることからみても、本件特許発明のバットは特に表層部にのみ合成樹脂が含浸されたものに限定されることを公報自体で明示しているものといえると主張している。しかし、本件特許の公報における右記載は、控訴人も主張しているように、浸透性のよい合成樹脂の場合にはその溶液中に一時間打球部を浸潰するだけで表層に合成樹脂を含浸せしめうるけれども、浸透性の悪い合成樹脂の場合には、右の方法では不十分であるから、引用特許明細書に示す方法(すなわちバットの先端中央部を被覆膜で被覆したうえ真空加工の作用により外周部のみに硬化接着剤を注入する方法)によつて十分に浸透せしめうるという趣旨を述べているにすぎないのである。したがつて、本件特許の公報に右のような記載があることは、本件特許発明の技術的範囲が表層部をこえて合成樹脂を含浸せしめたバットに及ばないということの論拠とすることはできないのである。

なお、附言するに、A特許の明細書では「外周部のみ」という表現が用いられていたこと前記のとおりであるが、これは、同時に前記のような硬化部分のみを異にする三つの発明につき特許出願をしたこと、殊にB特許発明では「任意の部分」という広く解しうる表現を用いたことと関連し、特に右のような制限的な表現を用いたものとも解される。しかし、この点についての出願人の意図がどのようなものであつたにせよ、本件特許発明については、その公報における特許発明の範囲の記載にその他の記載等を参酌し、客観的な立場から合理的にその技術的範囲を考察すべきであつて、右公報には控訴人主張のように解するのを相当とするような記載は見当らず、他に前記の判断を左右するに足る資料はない。

(控訴人製造のバットの構成)

六控訴人が、原判決添附の物件目録(図面を含む)に記載されているバット(以下控訴人製品という)を、現に業として生産し、譲渡し、貸し渡しまたは譲渡もしくは貸渡しのために展示していることは当事者間に争いがない。

七右目録に示すところによれば、控訴人製品は、断面ほぼ長円形の木材に合成樹脂を含浸せしめたうえ、これを加熱すると同時に前記長円形方向より外圧を加え、断面がほぼ真円形になるまで圧縮し、その結果バットの打球部特に先端から約一〇センチメートルの断面において、外周面から中心に向つて半径の三分の一ないし三分の二程度の範囲にわたり(いいかえれば、中心から外周面に向い、半径の三分の二ないし三分の一程度の範囲の中心部を除きその余の外まわりの部分に)、圧縮されたままで木質が固着しているものであるということができる。

控訴人は、控訴人製品では、バットの打球部において、外圧のため木目が圧縮されてはいるが、圧潰されている部分は存しないと主張しているが、この主張は妥当でない。けだし、木質(部)は、木部または導管部とも称せられ、導管・仮導管・木部繊維等から成つていて、その主要部をなす導管(および仮導管)を通じて水分の上昇・吸収をつかさどる組織である。したがつて、バットの素材に合成樹脂を注入浸透せしめる場合についても、合成樹脂は木質部のうちでも特に導管に最も入りやすく、また木質部に強圧が加えられる場合は、導管細胞の潰敗が最も起りやすいわけである。したがつて、控訴人製品において、前記のように、断面ほぼ長円形の木材に合成樹脂を含浸させ、これを断面がほぼ真円形を呈するに至るまで圧縮すれば、その木質特に導管細胞が圧潰され、そこに含浸されていた合成樹脂により、右のように圧潰された導管細胞等が圧潰された状態のままで固着硬化されるに至るものと考えざるをえないのである。

してみれば、控訴人製品も、バットの中心部に対する外まわりの部分において、合成樹脂が含浸され、該部の木質が外圧により圧潰されており、圧潰された木質部が合成樹脂によつて固着硬化しているものと認めるべきである。ただ、右合成樹脂の含浸と木質の圧潰とにより硬化されている部分については、本件特許発明について前述したところからみて、本件特許発明にいう表層(部)を含みつつ、さらにこれをある程度こえた範囲の部分にまで及んでいるものということができる(なお、控訴人は、控訴人製品においては合成樹脂は芯部にまで含浸されているとも主張しているが、その合成樹脂によつて圧潰された木質が固着硬化されている部分としては、右認定の範囲ということになる)。

(特許権侵害の有無)

八以上認定したところによれば、控訴人製品も、バットの打球部の表層部において(それが控訴人製品の硬化された部分の全部ではないにせよ)、合成樹脂が含浸され、外圧によつて木質が圧潰され、その圧潰された部分が合成樹脂により固着硬化されているという本件特許発明の要件をすべて備えており、その範囲において、両者は共通した構成となつているものというべきである。したがつて、本件特許発明について先に認定した、反撥力の増大・維持および木目剥離の防止等の効果は、控訴人製品においてもこれを備えているものと認めることができる。控訴人が控訴人製品の備えている効果として主張しているところも、本件特許発明の効果として主張しているところも、本件特許発明の効果と本質的に異なるものではない。

もつとも、控訴人は、右効果を奏する程度について本件特許発明のバットでは、反撥力はある程度あるが打球による木目剥離防止の効果はほとんどとるに足りないものであり、控訴人製品の方が本件特許発明のバットに比しこれらの点で格段にすぐれた効果を有する旨主張している。

しかしながら、この控訴人の主張は、本件特許発明における「表層部」がバットの外周面およびこれに接続したごく浅い層にかぎられるとし、これを前提としたうえでの比較論であると考えられるが、この前提自体が採用しえないものであることは前に説示したとおりであるし、その他控訴人主張のように効果上格段の差異があることを客観的に裏づけるに足る適切な資料はないのである。控訴人製品が、本件特許発明で予定されている構成のバットに比し、重量ないしはバランスの点で若干異なるものがあるにしても、そのことのために、両者の本質的な相違を認めなければならぬものでないことは、前に説示したとおりである。

いずれにせよ、控訴人製品も、製品それ自体の構成において、本件特許発明の構成要件として先に掲げた事項をすべて具備しており、その作用効果においてもなんら本質的に異なるものはないのであるから、製品それ自体としてみるかぎりそこに具現されている技術的思想は本件特許発明のそれと共通するものというほかはないのであつて、結局控訴人製品は本件特許発明の技術的範囲に属するものといわねばならない。

九控訴人は、控訴人のした特許出願(乙第一号証の公報に記載されている発明についての特許出願を指すことは弁論の全趣旨によつて明らかである)につき、特許庁が抗告審判において、本件特許の公報を引用しての異議申立を排斥して特許すべきものとしたことからみても、右乙第一号証の発明の実施品である控訴人製品が本件特許発明と技術的思想を異にするものと推論できると主張している。しかしながら、控訴人主張の乙第一号証の発明は、「所要の長さおよび太さを有する乾燥素材の大径部を木目の重合方向に長径とした断面橢円状に形成し、その大径部に熱硬化性樹脂を芯部に至るまで含浸させ、互いに半円型の凹部を有する金型にて木目の重合方向に断面円形に加熱加圧する」という一連の工程から成る野球バットの成型加工法であり、前記審決の趣旨は、このような成型加工の工程は、引用の特許公報には示されておらず、また同公報の記載から容易に推考しうるものでないというにあることも控訴人の主張自体によつて明らかである。すなわち、そこでいわれているのは、バットの成型加工の方法自体に関する問題であり、これについて本件特許公報に記載されているものとの間に容易に推考しえない程度の差異があるかどうかということである。本件は、バットそれ自体として、その構成および作用効果からみて、そこに具現されている技術的思想が共通するものといえるかどうかを問題としているのであり、前に説示した理由によりこれを肯定することができる以上、控訴人主張の審決が存することは反対の論拠となしうべきものではない。

(結論)

一〇以上の理由により、前に六の項で認定した控訴人の行為は、被控訴人の本件特許権を侵害するものというべく、これら侵害行為の停止および侵害行為を組成する控訴人製品の廃棄を求める被控訴人の請求は正当として認容すべきである。なお、被控訴人は、控訴人製品の使用の差止をも求めているが、控訴人が右製品を使用している事実ないしは使用するおそれがあるとの事実については、被控訴人においてなにも主張していないので、この請求部分は失当としてこれを棄却すべきである。原判決中右の請求をも認容した部分は失当であり、本件控訴はこの部分の取消を求める限度においてのみ理由があり、その余は失当である。(よつて民事訴訟法第三八六条により原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条・第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。(多田貞治 杉山克彦 楠賢二)

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